
■4畳半アパートに歌手の夢 私(兄)が18歳の時、歌手になる夢を見て上京。アルバイトをしながら歌謡教室に通い、厳しいレッスンを受けることが出来ました。その後、弟の高道も私の後を追って上京し同じ教室で兄弟一緒に歌のレッスンを受ける事になりました。アルバイトでやりくりしながらの東京生活と歌のレッスンは大変でしたが、兄弟で励まし合いながら頑張っていました。 一時はレッスン料が払えなくて歌手の夢を断念しようと思いました。あの時は恩師に「一人分のレッスン料で二人の面倒を見てあげよう」と言って頂きレッスンを続けることができました。当時、私は弟と二人で五反田の四畳半一間のアパートに暮らしていました。もちろんトイレと風呂は共同です。狭いながらも楽しく様々な困難にも打ち勝ってきました。その後両親が私達二人の夢を応援する為、遂に愛知より上京。浅草で四畳半一間の住み込みの仕事をしながら私達の歌手への道を支えてくれました。 ■賃貸マンションは癒しの空間 こうして様々な方に助けられ二年後に「あずさ2号」で狩人として待望の歌手デビューを果たす事ができました。これまで週末には両親を訪ねて五反田と浅草を行ききする、のんびりした生活でしたがデビュー後は、広尾にある所属事務所寮の一軒家に移りました。しかし仕事が忙しくなり寮に帰る時間がほとんど取れない毎日が続きました。その後、自宅でリラックスできる空間を求めて寮を出ることにしました。寮を出てからは賃貸情報誌を見て2年おき位に、いろいろなマンションに移り住み ました。賃貸マンションでいやな思い出は解約して出る時、考えていた以上に修理清掃代などを請求され敷金が思っていたほど返ってこなかった事です。いくら疑間に思っても仕事が仕事だけに苦情も言えないまま転居することが多かった様な思い出があります。 ■家は安らぎの場所将来は戸建に マイホームに関しては、バブルになるかなり前になりますが一軒家を購入するチャンスを皆に反対され断念した事があります。あの時、自分の思い通りに行動できなかった事を残念に思います。そんなことから平成2年バブルも最高潮、雑誌をみてなんとなく立ち寄った神奈川県のマンションを現地にいた営業マンから勧められるがままに購入しました。その後妻と同棲・結婚しバブルもはじけた頃に、同じ営業マンから新しくマンションを買い替えることになりました。きっかけは子供も産まれ、広めの住まいが必要になったことです。 このメゾネットタイプ95uのマンションも買った当時は広々としていましたが子供のおもちゃや家財道具で一杯になっていきました。 妻は将来一軒家に住みたいなんて言っています。やはり家はなんといっても安らぎの場所ですね。そして家族団藥がもてる住宅でなければいけないと考えています。 |
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