■菜園付アパート
現在は家内の高円寺の母親の家で母親・夫婦・娘の4人暮らしをしています。こちらに変わって来たのは10年ぐらい前だったと思います。それまでは田無市のアパートで暮らしていました。2DKで1階4世帯、2階4世帯のアオパートでした。みんなとても仲がよく、一緒に食事会をしたり、非常に近所づきあいのよい、素晴らしいところでした。菜園もあたので家内と二人で野菜なども作っていました。みんなで収穫した野菜などを持ち寄ってもらったりあげたり一緒にバーベキューをしたり、わきあいあいで本当に楽しい時代でした。
■東京での浪人生活
実家は京都ですが、私が小学校3〜4年のとき父親が定年退職しました。退職金で土地を買って持ち家を建てた時、家作りというのはうごいなーと思いましたね。大工さんや石屋さんなどの職人さんが私の家に寝泊りして母親が食事などの面倒を見ていました。毎日がお祭りのような騒ぎで子供心にも楽しく気体でわくわくしていました。高校を卒業してからは俳優になりたいと思っていました。しかし父親には絶対に反対させることは解っていましたので「大学に行く、親には迷惑をかけないから」と両親を説き伏せて東京に出てきました。東京での浪人生活がはじまり、1年ぐらいは牛乳屋さんで住み込みをしていました。昼は四谷の図書館にいって小説を読んだり寝たりしていました。そんなわけでまた浪人ということになりそれから念願の俳優養成所に入り東京へ来て2年ぐらいした時に親に打明けました。
■夢を活力に生涯現役
仕事関係は劇団前進座、辰巳柳太郎さん、島田正吾さんの新国劇から現在のプロダクションへと移り、住まいは26歳で結婚するまで、間借りしていましたが、結婚後2〜3回知り合いの紹介等で移転しました。今は、駅前で便利がいいのですが、夢は60歳過ぎたら田舎暮らし、山の傍がいいですね。それから露天風呂にあこがれていまして星を見ながらゆっくり風呂に入れたら最高ですよね。仕事との兼ね合いもありますので、なかなか難しいとは思いますが、夢を活力にしバランスを考え、仕事に関しては生涯現役でがんばれるぐらいの気持ちでいきたいと思っています。
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